2021(令和3)年2月21日、NHK杯準々決勝・佐藤天彦九段 vs 木村一基九段が放映されました。
木村九段は、ここまで藤井聡太二冠、永瀬拓矢王座を撃破してのベスト8進出。昨夏に王位のタイトルを奪われましたが、その後も堅調をキープ。順位戦B級1組では、まだA級昇級の可能性も残しています。
佐藤九段は、バリバリの居飛車党でしたが、最近は振り飛車の採用が増えています。ひょっとすると、最近の居飛車党には閉塞感があるのかもしれませんね。特に、角換わりは研究が進みすぎて煮詰まっているらしいですし……。
今は「職人」と「オールラウンドプレイヤー」の差がなくなっている?
最近の振り飛車は、未開拓のフロンティアが広がっています。三間飛車は、さまざまな作戦が生まれて居飛車穴熊に対抗できるようになったのが大きい。また、四間飛車もミレニアムなどの新しい囲いが出現しています。
そういう理由で、相居飛車の研究に煮詰まった居飛車党からは、振り飛車が魅力的に見えるのかも。
振り飛車党というと、絶対数が少ないこと──たとえば現在のトップクラス棋士だと、久保利明九段と菅井竜也八段の二人くらい──もあり、職人のイメージが強い。そういう意味で、居飛車党が振り飛車を指すと、「にわか」「こだわりの個人店ではなくファミレス」など揶揄されがちです。
しかし最近は、下手な個人店よりも、チェーン店の方がよっぽど独創的で美味しいモノを出しているケースも少なくありません。
将棋界においても、「情報伝達速度の向上」と「研究へのソフト活用」によって、職人芸の領域が減っています。つまり、職人(個人店)とオールラウンドプレイヤー(チェーン店)の差がなくなっている、という見方もできます。
佐藤九段は中飛車を採用 vs△6三銀型
はたして佐藤九段、本局でも振り飛車(中飛車)を採用しました。「チェーン店の振り飛車」などと言っては失礼ですが、一流棋士の木村九段相手にどこまで通じるのか?
木村九段、△6四歩~△6三銀と手堅く5筋を受ける構えから……
さらに、△7四銀~△6五銀と進出していきます。7六歩を狙って銀を繰り出してくるこの指し方、けっこう嫌だという中飛車党は多いのでは。
木村九段が繰り出した△6五銀に対し、佐藤九段は▲7七桂と跳ねてアクションをかけました。△7六銀と懐に引っ張りこみます。
「桂馬の跳ね違い」で振り飛車不満なしだと思われる
中盤以降の攻防がなかなか面白かったので、考察しながら見ていきましょう。まず、居飛車側の木村九段が△6五桂と跳ねたところ。
振り飛車側が▲6五同桂と取る手もあったかもしれませんが、以下△6五同銀とされると、振り飛車の次の手が難しいです。飛車角をどうさばくか、糸口が見えにくい。その展開はイマイチと見たか、佐藤九段は▲8五桂と「跳ね違い」ました。
これは味の良い手ですね。
次に①▲7三桂成で飛車をいじめる手と、②▲6六歩と桂馬を殺す手の両狙い。仮に▲7三桂成という手がなかったとしても、8六歩と8五桂の二枚が防波堤となって居飛車側の飛車を抑えているので、それだけでじゅうぶん働いています。
これにて振り飛車優勢というわけではありませんが、少なくとも振り飛車に不満はない気がします。
△6五桂以外の手は? △8六同飛もあったかも
さかのぼって、木村九段が△6五桂と跳ねたところは、他の手を探すとすれば……△8六同飛くらいでしょうか(↓図)。
以下、▲6五桂と跳ばれると、5九角の利きで8六飛取りになりますが……(↓図)。
△8九飛成と突っ込み、▲7三桂成△9九龍(↓図)くらいが考えられる展開です。うーん、これもいい勝負だと思います。
居飛車の攻めが微妙 好手▲5六銀で振り飛車が優勢を確保
実戦の進行に戻りましょう。
振り飛車が▲8五桂とハネ違いした場面からしばらく進んで、木村九段が△6六桂と飛車・金両取りで反撃したところ。
佐藤九段は▲5六飛と浮き、△7八桂成に▲8六飛とぶつけました。
居飛車の選択肢が広いですね。
飛車交換に応じるか、△9九龍と香車を取るか、どっちだ? ……と思っていると、木村九段は△6九龍と潜り込みました。次に△6八成桂の活用を目論んだ手です。
私、こういう手が指せません(^^;)
たぶん、普通に△9九龍と香車を取ると思います。そして、後で▲8九歩の底歩で龍の利きを遮断されて「あちゃー」となるわけです(笑)
さて佐藤九段、△6八成桂を喫してはいけないので、▲5七銀と引いて6八の地点を受けます。これに対し木村九段は、△1三角▲4六歩の交換を入れてから、△5八金と打ちました。
うーん、△5八金はどうだったか?
というのは、この攻め方だと5~4筋に戦いの焦点が移るので、7八成桂が取り残されそうな感じだからです。
△5八金以下、▲同金△同龍▲4八角△6七金▲4七金△6八成桂▲8一飛成△5九成桂……(↓図)
木村九段、攻め駒を貼り付かせようとしますが、金と成桂という重い駒を使ったブルドーザーみたいな攻めなので、有効に働いているかどうか微妙。こういう場面は、桂馬・香車・歩といった小駒で攻めたいのですが、それができないのがツラいところです。
そして佐藤九段の次の一手、▲5六銀が絶品!
この▲5六銀は、▲6七銀と金を除去する手を見せつつ、窒息しそうな4八角を7五~8四に出すルートを開く一手。4八角が7五や8四にヒラリと飛び出せば、居飛車は攻撃目標を失います。
あまりの感触の良さに、テレビの前で「おお~」と声が出てしまいました(笑) これは振り飛車優勢がハッキリしたと思います。
△5八金に代えて△6七金と打っても難しい 「3枚の攻め」なので大変
居飛車が攻めに回っているとはいえ、どうも苦労がある展開な気がします。戻って、△5八金と打つところでは、他に△6七金も考えられます。
これも重たい金打ちで、あまり気は進まないのですが……。とりあえず銀取りを受ける必要がありますが、①▲4八銀と逃げる手、②▲4八銀打と手堅く受ける手、③▲4八角と上がる手、いろいろあります。
一例として、①▲4八銀と逃げる手なら、△6八成桂▲同角△同龍(↓図)。これで次に△7五角を狙う感じでしょうか。
ただ、これもうまくいっているとは言い難い。結局、居飛車が「3枚の攻め」になっているのが苦労の原因だと思います。やはり、もう一枚攻め駒がほしい。
△9九龍で香車を補充する手はどうだった?
というわけで、▲8六飛とぶつけられたときに、△6九龍と潜り込む手に代え、素直に△9九龍と香車を補充する手はなかったでしょうか?
検討してみましょう。
具体的には、振り飛車が次の一手をどう指すか? たとえば▲8二飛成とすると、△5六香があります(↓図)。
では、あらかじめ△5六香の筋を受けて、▲5七銀と引いておくのは?
しかし、これは△9七龍と引かれて、銀取りの先手を取られます。以下、▲8七歩と受けても△6九成桂と活用される順がありますね。これも振り飛車が思わしくないでしょう。
こんな感じで、居飛車は香車を補充しつつ、振り飛車の動きを見てから次の手を決める方針で指す。別の言い方をすると、振り飛車に動かせて、あわよくばその手を逆用しにいく。少なくとも、我々アマチュアレベルでは、この方が間違いが起きにくそうです。
佐藤九段の完勝 振り飛車の使い手が上位進出は嬉しい
さて、考察はここまでにしましょう。
結果ですが、佐藤九段が勝利して、準決勝への進出を決めました。近年のNHK杯、振り飛車を指す棋士が勝ち残ってくれることは少ないため、振り飛車党の私としては嬉しいですね。
佐藤九段、準決勝以降も振り飛車でお願いします(笑)
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