2022(令和4年)11月13日放映のNHK杯将棋トーナメントでは、振り飛車党の重鎮・久保利明九段が登場。対するは居飛車党トップの一人・豊島将之九段(NHK杯選手権者)という、ゴールデンカードです。
かつてタイトル戦でも対戦実績がある両者。この対決がテレビで観られるとは、これだけでも受信料をキチンと払っている甲斐があったというもの(笑) 今回の記事では、この一戦を振り返ります。
豊島九段の△7四歩 久保九段の▲6五歩 両者の歩突き
戦型は、先手・久保九段の三間飛車 vs 後手・豊島九段の居飛車。さて序盤、両者の歩突きを一つずつ取り上げましょう。
まずは豊島九段の△7四歩です(↓図)。
直前に△3三角と上がって持久戦を志向したところに、この△7四歩突き。私のような古臭い振り飛車党(笑)だと、これは違和感バリバリなんですよね。それ今突くの? という感じで。
△7四歩は、居飛車が持久戦を狙う場合は急いで突く必要はない、つまり不急の一手……どころか、あまり早く突くと、この歩を目がけて振り飛車から動く順があるので、逆にマイナスにもなりかねないのです。
振り飛車の▲4六歩・▲3六歩が対急戦には不向きなので、場合によっては居飛車から急戦を仕掛ける順を含みにしたのか? ただ、振り飛車が先手番かつ、あらかじめ7八飛の位置にいるので、居飛車から急戦を仕掛けて優勢に持っていくのは、相当精密な手順が必要になるでしょう。
はたまた、振り飛車から▲7五歩と突かれて石田流に組み替えられるのを避けたのか? このへんの真意は、ちょっとわからないです。
さて実際、この△7四歩を狙って久保九段は▲6五歩と突きます(↓図)。
個人的には、これが久保九段の主導権奪取につながった、機敏な一手だったと思います。私のようなアマチュアだと、「とりあえず」で▲2八玉と入りたくなる局面。しかし、そうではなく目がキラーンと光って▲6五歩を選択するのが、プロの感覚なのだなぁと感心しました。
この▲6五歩は、次に▲6六銀~▲7五歩と動く手を見ています。そうなれば振り飛車十分(↓図)。
ただし、本当に▲6六銀~▲7五歩が実現すると期待しているわけではなく、それをチラつかせることで「居飛車さん、動かないと私が十分な展開を作っちゃいますよ^^」と圧力を掛けています。
現状、居飛車玉は3二の地点。さらに、△4三金と上がって玉の横っ腹が空いている。その状態で開戦するのは、居飛車が幸せになるイメージがまったくないです。
つまり、居飛車の玉形が中途半端なこのタイミングで戦いを起こしてやろうというのが、この▲6五歩の意図です(たぶん)。
もちろん、この▲6五歩はノーリスクではありません。居飛車から△6四歩とか△7三桂とか反発してくる手があるので、裏目に出る可能性もある。また、振り飛車玉も3九という中途半端な位置にいる。さらに▲4七金と上がっているため、横からの攻めにも若干弱い。
しかし、久保九段はリスクを取りに行きました。
△8六歩の垂らしを堂々▲同飛 豊島九段に誤算か?
はたして豊島九段、△8六歩▲同歩△同角から動きます。有利不利は別として、こう動くしかないでしょう。しばらく進んで↓図が中盤戦のポイントだったかと。
豊島九段が△8六歩と垂らしたところ。▲同飛なら、△6五歩と取り込んだ手が飛車・銀両取りになるという狙いですが、久保九段は堂々▲同飛と応じました(↓図)。
△6五歩でヤバそうですが、▲同桂と取り返せば5九角の利きが通って8六飛にヒモが付く仕組み。以下、△8六角と飛車を取るのは、▲同角△8五飛▲8七歩で振り飛車がじゅうぶんな形勢だと思います(↓図)。
↑図、次に▲5三桂成が入ると居飛車アウト。その後の▲4三成桂△同玉▲2一角という狙いが厳しすぎます(↓図)。
したがって、▲8七歩と角取りを防いだ場面で、いったん△4二銀などと守る必要がありますが(↓図)。
▲3五歩と桂頭の急所に手を着けて好調だと思います。△3五同歩なら▲6三角と置いて、▲3四歩~▲5四角成や、▲4一角成と切る手など複数の狙いがあります(↓図)。
──こういう展開はマズいと読んだか、豊島九段、△8六角と飛車を取らずに△6四銀と変化球で対応しました。その後の折衝で豊島九段に疑問手も出て、久保九段優勢で終盤に突入。
終盤での久保九段のシフトチェンジが見事だった
そして本局の見どころは、終盤での久保九段のシフトチェンジ──攻め→守りへのモード切り替えです。ここまで快調に攻め続けてきた久保九段、普通ならそのまま攻め倒したくなるのが心情ですが、豊島九段の攻めを丁寧に受けます。
まず、△2五桂と跳んできたところで▲2六歩(↓図)。
ちょうだいした桂馬を使って、のちほど振り飛車から▲2五桂を実現(↓図)。
△2六香と打たれたところでは、手厚く▲3七銀打と自陣に手を入れます(↓図)。
▲2六銀で香車を回収して、最後はこの香車で豊島玉にトドメを刺しました(↓図)。久保九段が優勢を保ったまま押し切ってフィニッシュ。
アレですね、単に相手の攻めを受けるだけじゃないんですよ。相手が攻めに使ってきた駒を取ってしまい、今度はこちらがその駒を使って攻撃する。バトル漫画なんかで、相手の攻撃を吸収して自分のエネルギーにしちゃう奴がいるじゃないですか。ああいうイメージが浮かびました。
相手の攻めを削いで自陣を安全にしつつ、攻め駒を補充する。こういう勝ち方が一番確実で間違いありません。「AI目線では最善ではないけれど、人間目線では最善」だったと思います。これは勉強になったなぁ。
振り飛車がキレイに勝ちを決めた、目の保養になる一局でした。いい日曜のひとときが過ごせました。
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