さあ~久保先生、相手はプロになって1年足らずの若手ッスよ。サクッと粉砕して、振り飛車党総裁の貫禄を見せてやってくださいよ~。「オマエにまだタイトル経験者との対局は早いってことを教えてやる(キリッ」みたいな感じでよろしくッス。
ええぇ……
2021(令和3)年5月16日放送、NHK杯の服部慎一郎四段 vs 久保利明九段戦は、まさかの服部四段の完勝で幕を閉じました。うーむ、確かに早指し戦は若手が有利(服部四段21歳)ですが、それにしても、久保九段にまったく見せ場がなかったのはどうしたものか。
居飛車穴熊 対 四間飛車ミレニアム いかにも令和な形
注目の戦型ですが、後手番になった久保九段は、四間飛車+ミレニアムを選択。先手の服部四段は、居飛車穴熊に組みます。
居飛車 対 四間飛車の持久戦。振り飛車党としては、見ごたえがあって嬉しいですね。
もっとも、居飛車 対 四間飛車の持久戦といっても、平成の昔と令和の現代では違う面だらけです。振り飛車がミレニアムに組んだり、居飛車が端歩を受けてから穴熊に組んだり。
↑図は、服部四段が▲5五角とぶつけて戦端が開かれたところです。
守備陣から離れる▲5七金!
さて、本局で印象に残った場面を振り返ります。振り飛車側の久保九段が、桂損ながらも居飛車陣を攻め立てているところです(↓図)。
↑図は居飛車がけっこう大変か?
まず、直接的には次の△4七角成(銀取り)を防がなければいけません。しかし、たとえば▲2七飛と浮いたり▲4八歩と打ったりすると、2八飛の横利きが消えてしまうので、△7八角成で金をタダ取りされます。△6九角は、7八金もロックオンしている点に注意。
では、手堅く▲4六歩と打つのはどうか(↓図)。
しかし、これは△6四飛とされて大変です(↓図)。
↑図から▲2一角成と桂馬を取ると、△7八角成▲同飛△6七飛成で守備金2枚を剥がされ、居飛車陣が崩壊します。振り飛車の飛車・角が、うまく連動しているのですね。
△6九角にどう受けるのか?
パッと見は目標物をかわす▲5六銀か……と思っていると、服部四段は▲5七金! と寄りました(↓図)。
金が守備陣から離れていくので、正直「んん~?」と思ったのですが、なるほどです。4七銀にヒモをつけつつ、先ほど示した変化・△6四飛▲2一角成のときに、△6七飛成と金を取られる筋を回避しています。つまり、振り飛車の狙い筋二つを同時に防いでいるのですね。
またまた守備陣から離れる▲6八金 攻め駒を責める
しかし▲5七金、守備陣から離れるので決して感触は良くない。第一感では咎める手がありそうな……と思っていると、久保九段は△6六歩と垂らしました(↓図)。
次に△7八角成~△6七金が直接的な狙い。しかし、下手な受け方をすると、△6七歩成・△4七角成・△6四飛といった手をうまく組み合わせられて、居飛車陣が一気に崩壊する危険が。さあ、どう受ける服部四段。
なるほど、▲6八金かあ。
居飛車としては7八金が守備の要ですから、△7八角成と刺し違えられるのは嫌らしい。▲6八金はそれを防ぎつつ、角取りを見せています。「攻め駒を責める」というやつです。
いやー、しかしこれも守備陣から金が離れていくので指しにくいですね。
銀の打ち込みをフワッとかわす▲7七金
さて久保九段、駒損が避けられない展開で、足を止めるわけにはいきません。△4七角成▲同角△6七銀と攻め続けます(↓図)。
これも次に△6八銀成~△6七金を狙っています。また、場合によっては△7六銀成~△6七歩成という順も。服部四段の応手は……
ひょいっと▲7七金とかわしました(↑図)。おー、これは上手い。先述した狙い筋両方を消しています。
「金は引く手に好手あり」という格言があるように、金は下にいる方が力を発揮する駒です。逆に言うと、金が上に行くのは悪手になることが多い。しかし、この局面は例外で、▲7七金と上がるのが相手の攻めをいなす好手です。
うーん、これは振り飛車の攻めが続きませんね。服部四段の優勢がハッキリしました。
△6九角に対する▲5七金、△6六歩に対する▲6八金、△6七銀に対する▲7七金。ヒラリヒラリと軽妙に金が舞う、受けの手が三連発。
服部(はっとり)四段による、金金金のハットトリック!
サッカー日本代表にも、これくらいの決定力が欲しいですぅぅぅ!
振り飛車の修正案を検討
服部四段に攻めをいなされてしまいましたが、久保九段としては、どう指せばよかったのか? 私なりに修正案を考えてみました。
△6九角ではなく他の手を考えてみる
まず考えたいのが↓図。
実戦では△6九角と打ちましたが、▲5七金とされました。他に手はなかったのでしょうか?
そもそも、この局面は振り飛車が桂損していて苦しいです。桂損でも直線的な攻めで喰いつければいいのですが……。いろいろ考えてみましたが、どうもうまい手が浮かびません。
となると、直線の攻めはあきらめて、曲線的な指し回しが求められます。うまく手を渡して居飛車に何か動いてもらい、スキができたところを切り返した方がよさそう。別の言い方をすると、振り飛車から攻める形を決めない方がいい。
具体的には、△3三桂という手はどうでしょうか?
居飛車から見ると、△3九角・△6九角・△6四飛・△6六歩などの嫌らしい手が多く残っています。下手に駒を動かすと、かえって振り飛車に有効手を与えてしまいます。たとえば、陣形を引き締めようと▲6八金引だと△3九角という具合。
こうしてフワッと手を渡されると、居飛車も悩ましいです。たぶん、考慮時間をそれなりに消費させることができると思います(笑) 振り飛車は次に△6四飛と指し、その後に△6六歩や△6九角の攻めを狙う感じ。
△6六歩ではなく△6四飛はなかったか?
もう一つ考察したいのが↓の局面。
久保九段は、ここから△6六歩と垂らしました。いかにも筋という感じの垂らしで、私も「自分の第一感と同じだわぁ」と喜んだのですが……▲6八金とされて形勢を損ねました。
ここは△6六歩の垂らしではなく、すぐに△6四飛とした方がよかったかもしれません(↓図)。
↑図で▲5六銀や▲6六歩と指すと、△6五飛~△3九角の筋があります。こうなれば、先ほど指した▲5七金を咎めています。
(もっとも、△3九角と打たれた瞬間に▲4九飛! みたいな切り返しがあるにはあるのですが)
△6四飛には▲2一角成と桂馬を取りながら逃げるのが自然ですが、△7八角成▲同飛△6九飛成とされると、これは居飛車の優位が吹っ飛んでいるような(↓図)。
▲2一角成ではなく、▲5六角と逃げた方が無難ですが、△6六歩と垂らしておけば、これはまだまだ振り飛車頑張れるでしょう(↓図)。
……という感じで、私なりに振り飛車側の修正案を考えてみました。もっとも、これは外野による後付け理論。実戦の△6九角や△6六歩は、いかにも筋ですから、早指し戦では対局者の手がここに伸びるのは当然という感じです。
終盤も見事な指し回し 服部四段のNHK杯鮮烈デビュー
さて、実戦の進行に戻りましょう。服部四段、終盤も見事でした。アマチュアには参考になる攻め方がたくさん。
4三にいたと金を▲5三と△同金と捨て、振り飛車の守備金を引き離してから▲5一飛~▲6二銀。
▲6二銀と打った後は、7一金をなかなか取らず、▲7三歩と叩く手。
▲8五桂と退路封鎖してから、▲9三金という詰将棋のような捨て駒でのフィニッシュ。
と金捨てからの飛車打ち・急所のタタキ・華麗なる金捨ての三連弾!
サッカー日本代表にも、これくらいの決定力(以下略
相手の攻めをいなした後、痛烈なカウンターパンチであっという間の寄せ切り。こういう勝ち方ができれば、将棋って楽しいだろうなあ。服部四段の若い勢いの前に、久保九段、まったく良いところなく敗れました。
うーむ、NHK杯では、ちょっと振り飛車党がヤバいですね。4月には宮本広志五段が敗れ、先週は西山朋佳女流三冠、そして今週の久保九段。青嶋未来六段(三間飛車ミレニアム)も、逆転勝ちで辛うじて拾ったという感じでしたし。やっぱり、プロでは厳しいのが振り飛車の現状ですかねぇ……。
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