名古屋めしが食べたいんじゃぁー!
いわゆる「名古屋めし」といえば、味噌カツやきしめん、手羽先などを挙げたくなりますが、それは素人ですね。私のイチオシは、名古屋駅地下街にある鮪小屋本店というお店の「鮪の唐揚げ」です。
何が言いたいかというと、藤井聡太五冠 vs 佐藤康光九段のA級順位戦を振り返ろうということです。日本将棋連盟の新対局場が名古屋にオープンし、その「こけら落とし」として藤井 vs 佐藤戦が行われました。
向かい飛車穴熊 vs トーチカ! 意外な戦型
後手の佐藤九段が、角道を止める向かい飛車を採用。個人的には、角交換振り飛車を予想していましたがハズレ。藤井五冠も、あまり予想していなかった戦型ではないでしょうか。
私の勝手な見解ですが、こういうクラシックな形、佐藤九段は若い頃に(居飛車の立場で)さんざん指したはずなので、一日の長がありそう。A級順位戦、2年連続で豊島九段を沈めた佐藤九段。今回もやってくれそうな雰囲気。
藤井五冠は銀冠や穴熊ではなく、トーチカに組みました(↓図)。
20年以上前に登場したトーチカ囲い。いったん絶滅したかに思われましたが、最近また流行している囲い方ですね。7七桂が、振り飛車への端攻めを決行したときに役立つ(=▲8五桂と跳べる)ポジションです。
同じ7七桂を跳ぶにしても、穴熊だと囲いが著しく弱体化します。また、銀冠でも下段がスースーします。その点、トーチカだとスペースを生じさせず7七桂の形を作ることが可能です。
向かい飛車の基礎知識 居飛車の▲3六歩は重要なポイント
さて本局、見どころは満載でしたが、昔から振り飛車一筋の私としては、序盤がけっこう気になりました。藤井五冠が▲3六歩と突いた場面(↓図)。
対抗形を見慣れている人ほど、「ん?」と感じると思います。対振り飛車では、先に▲5六歩と突いて▲3六歩は後回しにするのが普通だからです。
この▲3六歩早突きは、向かい飛車からの速攻に備えた意味があります。たとえば、↓の仮想図を見てください。
向かい飛車が速攻に出た場面です。この局面では、居飛車陣の方が飛車を打ち込むスキが多いので、飛車交換はしにくい。したがって▲2五歩と打って飛車交換を拒否し、△2三飛と引いた↓図。
↑図での絶対手が▲3六歩です。これを省いて他の手を指すと、△3五歩~△3四銀と出られて2筋を突破されてしまいます。△3五歩を防ぐために▲3六歩が必須なのです(↓図)。
もっとも、絶対手▲3六歩を突いておけば居飛車が安泰かというと、そんなことはありません。↑図では、△1三桂と跳んで次に△2五飛を狙う手があります。△2五飛を阻止するなら▲3七桂ですが、△3五歩と追撃されて居飛車が困ります。
なぜ居飛車が不利になったかというと、▲3六歩を突くのが遅かったからです。もう一手早く▲3六歩を突いておけば、▲4六歩という手が指せました。
↑図から先ほどと同じように△1三桂▲3七桂△3五歩だと、今度は▲4七金と上がって受ける手があります(↓図)。
……とまあ長くなりましたが、ようするに▲3六歩が入っていると、向かい飛車からの速攻が成立しにくいのです。話を戻すと、藤井五冠の早い▲3六歩も、そのあたりを考えてのことと推測します。
▲5六歩ではなく▲3六歩を突く方のメリット
他にも、向かい飛車相手では、▲5六歩より▲3六歩が有効になる場面があります。↓の仮想図は、向かい飛車から△2四歩▲同歩△同飛と仕掛け、飛車交換になったところ。
↑図で▲2三飛などと打ち込むと、△2八飛と打ち返されます(↓図)。次に△7九角成~△2三飛成の素抜きがあるので、居飛車は一手受けないといけません。
▲5六歩と突いたので、2四角が居飛車陣に直通しているのが難点というわけ。ところが、▲5六歩を▲3六歩に代えた↓図を見てください。
今度は2四角が居飛車陣をにらんでいない(△7九角成の素抜きがない)ので、堂々▲2一飛成が成立します。また、▲3七桂と逃げる余地があるのも、▲3六歩のメリットです。
以上が、「向かい飛車と▲3六歩」の知っトク筋です。
早い▲3六歩+居飛車穴熊狙いはリスク高め
もう一つ、序盤の注目ポイントは、藤井五冠が囲いにトーチカを選択したことです。
トーチカに囲ったのは、早めに▲3六歩を突いたことと関係がありそうです。早めに▲3六歩を突いた形から居飛車穴熊を目指すのは、ややリスクが高いので、選びにくかったのでしょう。
というのも、居飛車が早めに▲3六歩を突いてから穴熊を目指すと、振り飛車から△3二飛と回って△3五歩▲同歩△4五歩と仕掛ける急戦策があります。早い▲3六歩を逆用する構想です(↓図)。
もちろん、これで居飛車が不利というわけではありません。実際、↑図のプロの実戦例は居飛車が勝っています。ただ、余計なリスクを背負いたくなければ、回避が無難ではあります。
トーチカならば早い▲3六歩を咎められる心配が少ない
なお、対トーチカだと、△3二飛と回って△3五歩▲同歩△4五歩の筋は無理。この急戦は、ようするにどこかで△3五飛と走る手を含みにしているのですが、居飛車の銀が4八にいるので、△3五飛が飛車成りの先手になりません(↓図)。
もっと言うと、トーチカでは△3五歩▲同歩△4五歩の開戦に、△5七角と引いて3五を守る手があるので大丈夫です(↓図)。
これが居飛車穴熊を目指す途中で、先手玉が相手の角筋に入っていたら──8八玉や、穴熊のハッチを閉めない状態での9九玉──、こういう角引きは不可能ですね。しかし、トーチカは7八~8九と移動するので、角筋は気にしなくて大丈夫。
そもそもトーチカ(や類似囲いのミレニアム)は、藤井システムからの急戦を避けて、安全に囲いを構築するために考えられた方法。安全に囲える代償として、穴熊よりもやや堅さが劣っているわけです。
とまあ、いろいろ書きましたが、早めに▲3六歩と突いてしまった場合は、持久戦志向ならトーチカとの相性が良いと覚えておけばよいでしょう。次善策が天守閣左美濃という感じです。
今回の記事はここまで。次回は、中盤戦で気になったところを考察していきます。↓関連記事からどうぞ。
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