この記事は、『A級順位戦の藤井五冠 vs 佐藤九段から(1)』の続きです。
↑の記事では、2022(令和4)年6月のA級順位戦・藤井聡太五冠 vs 佐藤康光九段戦の、序盤で気になったところを考察しました。今回の記事では、中盤戦で気になったところを見ていきます。
振り穴(佐藤九段)側から△7三角と出る手はなかったか?
中盤戦でのターニングポイントは↓こちらです。
実戦では、佐藤九段が△7一金と金を締め、それに対して藤井五冠が▲6六歩と開戦しました(↓図)。
今回の記事での焦点は一つだけ。「△7一金ではなく△7三角と出る手はなかったか?」です。
トーチカ(や類似囲いのミレニアム)に対しては、△5一角と引いておくのが有力です。トーチカは攻撃形を作るために▲3六歩と突いていることが多いので、これを逆用して飛車を狙うわけです。
また、これは振り飛車が美濃囲いの場合により有効ですが、△8四角とぶつけて角交換を強要する筋もあります。振り飛車陣よりもトーチカの方が駒が偏っていることが多い = 角打ちのスキが多いので、角交換すれば振り飛車じゅうぶんという理屈。
私などは、ロクに読みも入れず大喜びで△7三角と飛び出します(笑) しかし佐藤九段は、慎重にタイミングを計って△7一金と整えました。
どちらが良いかは不明ですが、ここでは△7三角という手を掘り下げてみましょう。居飛車の対応を4パターン考えてみました。
- ▲2六飛
- ▲1八飛
- ▲4六歩
- ▲4六角
① ▲2六飛は無理筋
まず、▲2六飛という手から考えてみましょう(↓図)。
オイ! △1九角成で香車取られるやん! と思うでしょうが、そこで▲2四歩△同歩▲同飛と勝負しようというもの。飛車交換にさえ持ち込めば、トーチカは金銀密集・振り穴は金銀バラバラなので戦える、という読みですが……(↓図)。
これは居飛車が無理筋。↑図では、入手したての香車を△2三香と打たれ、飛車が串刺しになって必敗態勢。ご愁傷さまです。
蛇足ですが、先ほど「振り穴は金銀バラバラ」と書きましたが、実は△5二銀と引けば、一手で3枚が連結して引き締まります。
② ▲1八飛は攻撃力が激減する
次に行きましょう。△7三角への対応として、▲1八飛も考えにくい手です。
手堅い守り方ではありますが、これは飛車が1八に釘付けになり、攻撃力が激減します。この後、どうやって飛車を活用すればよいか構想が難しい。
また、2八の地点に飛車が戻れなくなるので、振り飛車の2二飛が自由に動けるようになります。△4二飛や△5四歩~△5二飛と移動したときに、▲2四歩△同歩▲同飛の攻めがない、という意味です。
△7三角▲1八飛以下、考えられる一例としては、△5四銀▲6六歩△4五銀▲6五歩△5六銀▲6六角△5四金……でしょうか。
③ ▲4六歩は角道が止まって居飛車が動きにくい
続いて、△7三角に▲4六歩を考察します。
振り飛車はどうするか? 6五歩が浮いており、次に▲6五桂と取られる形ですが、堂々△7一金と指しておいてよいでしょう(↓図)。
一歩損しても振り飛車が悪くない
もし▲6五桂と取ってきたら、普通に△6四角と逃げておきます。一歩損ですが、これで振り飛車悪くないと思います(↓図)。
トーチカの狙い筋の一つが、▲8五桂と活用しての端攻めです。しかし、▲6五桂と逆方向に来るなら端攻めの脅威がなくなるので、振り飛車としては一歩タダ取りされても損ではない、という見方もできます。また、6筋の歩を取らせることで、将来△6一歩と底歩を打つ筋も発生します。
一歩かすめ取ったものの、居飛車からの動きが難しい。たとえば▲6六角と出ると、△4六角や△5四金(桂馬が助からない)があります。4筋に一枚足す▲4八飛は、△2四歩と反撃されます。
あらかじめ桂馬にヒモをつける▲6六歩は考えられますが、それをやると左右両方の角道が止まってしまい、5七角が窒息します(↓図)。
最初に突いた▲4六歩のせいで、5七角の可動域が狭くなったのが痛いです。居飛車からの動きが難しいのに対し、振り飛車からは攻めに困りません。△3三桂~△4五桂(歩頭への桂跳ね!)や、△5四銀~△4五歩といった順です。4六歩が出っ張って攻撃目標になっています。
あえて△4六角と取らせてカウンターを狙うのも……
戻って、▲6五桂の一歩タダ取りではなく、代えて▲6六歩と突き上げる手は、△同歩▲同角△4六角と進みます(↓図)。
ここから▲4八飛△1九角成▲4五歩と進めるのはどうか? 香損ですが、飛車角のコンビネーションで振り飛車陣を攻め立てます(↓図)。
しかし、△6四香と打たれて6六から角を追い払われ、居飛車が思わしくない。あえて△4六角と出させて▲4八飛のカウンターも、うまくいかないようです。
総括すると、△7三角と出たときに▲4六歩と突くのは、振り飛車じゅうぶんと見ます。
④ ▲4六角が居飛車としては一番良さげか?
最後に、△7三角に▲4六角とぶつける手を考えます。こうなると角交換は必至ですが、△同角▲同歩となった↓図をどう見るか。
一応、△4七角と打てば馬を作れます。ただ、そうすると▲2四歩△同歩▲4五歩と暴れてくる手がありそう(↓図)。
これでどちらが有利かは判断が難しいです。他の順に比べれば、居飛車としてはこれが一番マシな展開という気がします。
ただ、△5六角成で一歩補充しつつ馬を作っておけば、△7五歩の桂頭攻めや、どこかで手順に△7二飛と転回する手も残ります。振り飛車が悪いということはないはずです。
藤井・佐藤の両者は△7三角を最善ではないと判断したはず
△7三角に対して、居飛車の対応を4パターン検討しました。
- ▲2六飛
- ▲1八飛
- ▲4六歩
- ▲4六角
△7三角で、少なくとも振り飛車が悪くないだろう、というのが私の感覚です。
この記事では、「仮に佐藤九段が△7三角と指していたら、どういう展開になったか?」を考察しました。それすなわち、藤井五冠は△7三角を阻止する手を指さなかったことを意味します。言い換えると、藤井五冠は「△7三角とされても大丈夫」と判断したはずです。
佐藤九段も「△7三角はなぁ~……」と考えたからこそ、他の手を指したのでしょう。
つまり、△7三角という手については、藤井・佐藤両者で「最善ではない」との共通認識があったわけです。私がここで考察した内容よりも、居飛車が良くなる順があると思われ、それはどういう対応だったのか。気になるところです。
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