最近、杉本昌隆八段がうらやましい。いや、うらやましいという言い方は変かもしれませんが。
弟子の藤井聡太二冠の活躍に引っ張られるかのように、最近、杉本八段も頑張っています。その象徴が、今期(2020年度)のNHK杯でA級棋士を3連破──三浦弘行九段・佐藤康光九段・豊島将之竜王──する活躍です。
大変失礼ながら、50歳を超えている杉本八段、勝負師としてはピークをとうにすぎています。しかし、ここへ来て再度の上昇カーブ。
やはりこれは、弟子の活躍に刺激を受けて発奮しているのでしょう。「出藍の誉れ」なんて言葉もありますが、自分が面倒を見てきた弟子が、自分を追い抜いていき、今度は逆に自分を引っ張ってくれる存在になる。こういうの、本当にうらやましいです。
私もある程度、歳を喰いました(笑)
娘や甥っ子、姪っ子たちに囲まれ、職場でも後輩が増えてきた現在、「師弟対決」や「師匠と弟子が互いに高め合う関係」には、とても憧れます。それができている杉本八段は、幸せな棋士ですね。
今期NHK杯の「台風の目」杉本八段
さて、2021(令和3)年2月14日、杉本昌隆八段 vs 稲葉陽八段のNHK杯準々決勝が放映されました。
2020年度のNHK杯は少し波乱が起きていて、ベスト8の時点でタイトルホルダーが全滅しています。木村一基九段が、藤井聡太二冠・永瀬拓矢王座のタイトルホルダー両名を撃沈したのが大きい。
といっても、残っているのは実力者ばかり。実際、8人中7人はB級1組以上の棋士で、B級2組以下で残っているのは杉本八段ただ一人です。ついでに言うと、振り飛車党も杉本八段だけ。今期NHK杯の台風の目ですね。
その杉本八段、準々決勝では稲葉八段との対決。もし勝てば、A級棋士4連破という偉業達成なわけで、非常に注目の一局です。
戦型は中飛車で6筋銀対抗形 杉本八段の積極策
戦型は、▲杉本八段の中飛車 vs △稲葉八段の居飛車。私なりに気になった局面はいろいろありましたが、あまりたくさん取り上げても読むのが大変なので、一局面だけ考察します。
△7四歩と突いて、△7三銀~△6四銀と急戦調で繰り出す稲葉八段に対し、杉本八段も▲5七銀~▲6六銀と繰り出す。6筋で銀が向かい合う形に。
6筋銀対抗形は、双方から手が出しにくくなるため、一転して持久戦調になりやすい。稲葉八段は△1一玉と穴熊へ囲いにいく。
対して杉本八段、▲4七銀の形(木村美濃)から、▲5六銀~▲6五銀右と積極的に銀をぶつけていきます。うーん、私はこういうの絶対にやらないので、良し悪しはよくわかりません(笑)
△8六歩には▲同角の方が振り飛車攻勢をとりやすかった?
さて、杉本八段が5筋から動いて銀交換に持ち込んだところで、稲葉八段が△8六歩と突き捨てて反撃しました。ここが大きな岐路で、考察したい局面です。
この△8六歩、角と歩のどちらで取るか迷いますよね。このように、どちらで取るか迷うタイミングでの突き捨てがベストです。
で、あくまでも個人的な経験からの意見ですが、この場合は▲8六同角と角で取る方がよい気がします。
- いざというときに▲6四角と銀と刺し違えることが可能
- △8八歩と打たれても▲7七桂と逃げることができ、▲6五桂と中央に活用する手が残る
一例として、▲8六同角△8八歩▲7七桂△8九歩成に▲8三銀と打つ手はどうでしょう。
居飛車の対応が悩ましいですね。
△6二飛なら▲9五角と出る手があります。といって、△4三金は▲8二銀成△5四金▲5二飛みたいな順があり、金が上ずるので居飛車も選びにくい。
もちろん形勢自体は難しいですが、こういう変化に持ち込んだ方が、振り飛車が攻めに回る展開になります。時間が短い将棋の場合、正確に受け続けるのは困難であり、攻めに回った方が有利なので、私なら▲8六同角を選びますかね。
実戦は▲8六同歩 好んで飛び込む変化ではないと思う
実戦では、杉本八段は▲8六同歩と取り、以下△8八歩と進みました。
これ、▲8八同角とは取りにくい。
一例ですが、△4三金▲5九飛(▲5八飛は△4九銀の割り打ちの筋がある)△8六飛▲7八金△5八歩。
うーん、これは振り飛車が好んで飛び込む変化ではないと思います。といって、△8八歩を放っておくと、次に△8九歩成~△9九とで桂馬・香車の2枚を取られます。さすがに歩一枚で桂馬と香車を両方取られるのはマズい。
その点、▲8六同角と取って△8八歩の場合は、▲7七桂と逃げることができるので、少なくとも桂馬は助かります。残念ながら9九の香車は助からない公算が大ですが、居飛車も歩切れになりますし、△8九歩成~△9九との二手の間に反撃のターンが回ってくるので、バランスは取れています。
やっぱり、▲8六同角の変化の方がよかった気が。
結果は稲葉八段快勝 しかし杉本八段はじゅうぶん存在感を示した
さて、気になる局面は他にもいろいろありましたが、長くなってもいけないので、考察はここまで。
で、結果ですが、稲葉八段の完勝です。最後の方は、杉本陣だけが一方的に終盤になってしまい、稲葉玉は安泰で攻めだけに専念できる状態に。稲葉八段があっという間に寄せ切りました。うーん、ちょっと勝負形に持ち込めなかったですね。
一局の印象ですが、杉本八段は、選択が難しい局面で少しずつ失点を重ねたという感じでしょうか。残念ながらA級棋士4連破はなりませんでした。
といっても、A級棋士を3人撃破してのベスト8は立派の一言。「藤井二冠の師匠」という肩書ばかりが注目される杉本八段ですが、今期NHK杯では、勝負師としてじゅうぶんに存在感を示してくれました。
杉本振り飛車に昔からお世話になっている純粋振り飛車党の私としては、今後も杉本八段を応援していきたいですね。また頑張ってください。ウチの妻も応援しているそうです(^^)
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