なんでも右四間
なんでも穴熊
なんでも引き角
「なんでも○○」という表現には、なんだかB級っぽさを感じます。相手が何を指してこようと、俺は一つの戦法で押し通す! みたいな強引さが滲み出ていて、いかにも臨機応変さに欠けていそうだからです。
今回棋書レビューする『なんでも三間飛車』も、タイトルだけ見ると胡散臭さが漂います。しかし実は、相振り飛車の本格的な指し方を解説した、隠れた名著なのです。けっしてB級戦法の解説本ではありません。
そういう意味では、タイトルで損をしている本といえるでしょう。出版社、どうしてこんなタイトルにした? 責任は重いぞ(笑)
この本、古いです。出版されたのが2009(平成21)年。本書の中のコラムには、菅井竜也・現八段(2022年現在A級棋士)の名前が出てくるのですが、まだ奨励会三段として紹介されています。それくらい古いです。
しかし、それは令和の現代で通用しないという意味ではありません。一昔前の古い本だからこそ、大多数のアマチュアにとっては盲点であり、意外と通用したりするものです。現にアマ有段者である私は、相振り飛車ではいまだに本書の指し方を愛用していますが、普通に戦えます。
第1章・先手番目線 ▲石田流 対 △向かい飛車
本書では、4つの戦型を解説しています。
- 第1章 ▲石田流 対 △向かい飛車
- 第2章 相三間飛車(相石田流)
- 第3章 ▲向かい飛車 対 △三間穴熊
- 第4章 ▲向かい飛車 対 △三間美濃
アマ初段くらいはないと、内容を消化するのは難しいと思います。ある程度相振り経験のある人が、「なんか他の指し方も知りたいな~」と幅を広げるために読む本、という感じ。相振りを全然知らない人が、基本の入門書として使う本ではないです。
第1章は先手番目線。初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩の「石田流宣言」に、△5四歩とされたときの指し方を解説。
↑図からは、いったん▲6六歩と角道を止めてから、▲7八飛と三間に振ります。それに対して、後手が△5三銀~△3三角の形を作ってから△2二飛と向かい飛車にしてくる形を解説。
第2章・先手番目線 相三間飛車(相石田流)
第2章も先手番目線。初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩と指したときに、△3五歩と相手も「石田流宣言」をしてきて相三間飛車になったときの指し方を解説。
同形の将棋では、先手番の方が常に一手先行することになります。その差を活かしてリードを奪うためのコツが書かれています。
一つだけ注意点があって、本書では美濃囲いに組んでいますが、令和の現代では、相三間飛車は美濃ではなく金無双の方がよいとされています。つまり、本書が出版された後に、「本書で紹介されている指し方はイマイチ」と評価が変わってしまったのですね。
というわけで、この章の内容については、もう少し新しい棋書でアップデートが必要です。
第3章・後手番目線 ▲向かい飛車 対 △三間穴熊
第3章からは、後手番になったときの指し方を解説。具体的には、▲7六歩△3四歩▲6六歩に、△3二飛とする指し方です。
ここから穴熊に組む構想(↓図)が、本書でのオススメ。私もよく使っています。
ポイントとしては、△3五歩と飛車先を突くのは保留すること。△3五歩を保留することで選択肢が広がり、先手の動きに対応しやすくなります。
個人的には、駒落ちで下手になったときに優秀な指し方だと思います。駒落ち戦は▲7六歩△3四歩▲6六歩という出だしが多いと思いますが、そこで下手が△3二飛と振って穴熊にすれば、上手の左香車がないぶん、穴熊の弱点である端攻めをされないからです。
第4章・後手番目線 ▲向かい飛車 対 △三間美濃
第4章は、引き続き後手番での指し方。内容は、第3章の続きみたいなものです。
第3章の穴熊は三間飛車側が上手くいった → 穴熊を倒すために相手(向かい飛車)が工夫してくる → それに対抗するため、三間飛車は今度は美濃囲いで戦う……というのが第4章です。
第3章の穴熊戦では、三間飛車側は飛車先を伸ばす△3五歩を保留していました。が、第4章では一転、△3五歩~△3六歩の飛車先交換を急ぎます。
相振り三間で飛車先交換すると、相手は矢倉に組んでくることが多いです。相手が矢倉に組み切る前に、三間飛車から動いてじゅうぶんな態勢に持っていく指し方を解説。
または、あえて矢倉に組ませて、そのうえで潰しにかかる指し方も紹介されています。
著者は戸辺誠七段 振り飛車発展の最前線を担った棋士
本書の著者は戸辺誠七段です。石田流やゴキゲン中飛車、はたまた相振り飛車の発展というと、真っ先に鈴木大介九段や久保利明九段の名前を挙げたくなりますが、戸辺七段の功績も相当なものです。
戸辺七段がまだ奨励会員だった頃から、鈴木九段は「戸辺の振り飛車研究」を高く評価していた、なんて逸話もあります。まあ、これは多少盛った話らしいですけど。
若手だった戸辺七段が“振り飛車軍”の最前線で戦い、鈴木九段は一歩引いた指揮官的な位置から眺めていた、というのが個人的なイメージです。
ちなみに私、戸辺七段のエピソードで好きなものがありまして……。
ある日、戸辺七段が出がけに「今日の相手は強いから、負けて帰ってくるよ^^」と奥さんに軽口。対局前の弱気を、冗談めかして誤魔化そうとしたのでしょう。
ところが、これを聞いた奥さん、ダンナに喝ぁぁぁーつ! 「なにそれ? 最初から負けるつもりで戦うの? 負けたら家に入れないよ」と発破をかけたそうです。喝が効いたか、戸辺七段は見事勝ち。うーむ、いい奥さんだ。
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