小林健二九段は、2022(令和4)年3月31日の対局に敗れ、規定により引退が決まりました。長い現役生活、お疲れ様でした。
一部メディアでは、「藤井聡太五冠の師匠は杉本昌隆八段、その杉本八段の兄弟子が小林九段。だから小林九段は藤井五冠の大師匠!」などと書いています。が、なんでもかんでも藤井五冠に絡めるな! と言いたい。小林九段自身の実績などについては、全然触れられていません。
逆に言うと、藤井五冠の大師匠という、その程度のどうでもいい情報しか書けないメディア。
小林九段は、現代振り飛車の発展に大きく貢献した棋士です。今回の記事では、振り飛車党目線で、小林九段の功績を解説したいと思います。
スーパー四間飛車 居飛車穴熊対抗策の先駆け
小林九段の代名詞といえば、「スーパー四間飛車」です。
四間飛車で居飛車穴熊に対抗する戦法といえば「藤井システム」が有名ですが、スーパー四間飛車は、それよりも早く出てきた指し方です。
著書を読んだことがありまして、基本的には美濃囲いに囲って攻めていく指し方です。藤井システムのように“尖って”はいないのですが、それだけにアマチュアにもわかりやすい。小林九段自身、スーパー四間飛車を駆使して活躍しました。
「システマチックな四間飛車で居飛車穴熊に立ち向かう指し方」の先駆けと言ってよいでしょう。
四間飛車急戦定跡の発展に貢献
小林九段が四間飛車の分野で残した功績は、対居飛車穴熊だけではありません。急戦定跡の進歩にも貢献しました。
四間飛車に対する▲4五歩早仕掛けで、▲2四歩の突き捨てに△同角と取る変化……と言って理解できる人がどれだけいるかはわかりませんが、この変化を深く研究したのも小林九段です。
2000年代前半に、▲2四歩の突き捨てに△同角と取る変化は、やっぱり四間飛車がダメだったと判明しました(→郷田新手)。が、それは小林九段の功績を否定するものではありません。定跡とは、「こういう新しい手を考えてみた → それはこうやって打ち破る」のループで発展していくものだからです。
角交換振り飛車の元祖・立石流を駆使して活躍
小林九段を語るうえで外せないのが「立石流」でしょう。アマチュアで流行していた立石流をプロに“輸入”し、多用して実績を上げました。
立石流は、角交換をして指し進める振り飛車戦法です。後年、角交換振り飛車が大流行しますが、それは立石流という「角交換辞さず」の振り飛車が下地としてあったからだと私は解釈しています。となると、その立石流を整備した小林九段の功績は大きいでしょう。
現代振り飛車発展の基礎を作った棋士 お疲れ様でした
- スーパー四間飛車
- 急戦定跡の研究
- 立石流の整備
……という感じで、簡単ではありますが、振り飛車目線から小林九段の功績を説明してみました。小林九段なくして、現代振り飛車の発展はなかったといって過言ではありません。改めて、本当にお疲れ様でした。