妻「わぁ~、いま評価値85-15だよ。これもう広瀬の勝ちじゃない?」
評価値。現代の将棋ファンにとっては、常識になったと言ってよい概念です。改めて説明する必要はないでしょう。いまや将棋の中継では、この評価値を表示しないことは考えられなくなっています。
さてウチの妻。将棋のルール自体は知っていますが、形勢判断などはできません。観戦時のナビゲーターツールは評価値だけです。そのため、現在の評価値と形勢についてよく聞かれます。
60-40 これは先手有利なの?
80-20 もう勝ちそうなの?
95-5 これはもう逆転は無理?
こんな感じで聞かれるのですが、私は以下のように答えています。
「局面による。評価値の数字だけでは何とも言えない」
「評価値が高い = 勝ち」とは限らない 評価値と形勢がリンクしないケース
人間同士の対局において、評価値の数字は判断が極めて難しく、表面だけ見ていると誤ることが多々あります。たとえば、評価値95-5の局面よりも、70-30の局面の方が勝ちやすいことは普通にありえます。
ようするに、「評価値と形勢は別」というケースがままあるのです。
これ、将棋をよく知らない妻からすると不思議なようで。
評価値が高ければ、イコール優勢・勝勢というわけではない。すごく極端な例を挙げると次の通りです。たとえばAIは、次のようなシチュエーションでも評価値99-1の判定を下します。
この局面は相手玉に詰みがあります。あなたの勝ちなので、評価値99-1としました。なお、101手詰めです。
101手詰め。これ、人間が実戦で遭遇したら読み切れるでしょうか? まず無理です。であれば、評価値99-1のこの場面でも勝勢とは言えないですよね。確かに勝ち筋(101手詰め)は存在しますが、対局者がそれを選べるかどうかは別の話、というわけ。
AIの評価値には「対局者の事情」という情報が含まれていない
このケースで言うと、AIが解析してくれるのは「相手玉が詰んでいる」までで、その詰み筋が簡単か難しいかまでは示してくれません。
というか、示しようがないですね。「簡単か難しいか?」は客観ではなく、人間の主観だからです。人間の主観を数字にすることはできません。数字にできなければ、評価値に落とし込みようがありません。
また、主観(簡単か難しいか?)は人によって異なります。プロ棋士Aにとっては簡単な詰み筋でも、アマ低級者Bにはお手上げ、という具合です。持ち時間の長短でも変わります。1分将棋よりも10秒将棋の方が、格段に難易度が上がります。
人間同士の対局においては、「この局面での最善手はこれ」だけではなく、「対局者がその手を選べる可能性は何%」まで示さなければ、有利 or 不利を本当の意味で数値化したとは言えないのです。
こうしたことを知らずに、「評価値99-1。ハイ勝ち決定」などと単純に考えるのは、誤った捉え方である、と申し上げておきます。数字(評価値)の上下動だけ見て「奇跡の大逆転!」などと騒ぐのは、滑稽だなぁと思いますね。
もっと言えば、評価値99-1からでも普通に逆転が起きるのが将棋なのです。そこが将棋という競技の恐ろしさであり、魅力でもあります。
対局者の「足下の状態」はどうなっているか? そこに注目するべき
私が重視するのは、評価値の数字そのものというよりも、言ってみれば「足下の状態」です。いま対局者が置かれているのは、いったいどのようなシチュエーションなのか?
- 細いロープの上を歩く(→少しでもバランスを崩したら落ちる)
- 平均台の上を歩く(→ちょっとバランスを崩したくらいなら大丈夫)
- 道幅10mの道を歩く(→派手に転んでも崖下に落ちることはない)
これらの場面、いずれもAIが評価値99-1を示したとしても、意味は全く異なります。実際の局面図で説明しましょう。
↑に示した二つの局面、「評価値は同じ99-1」ではありますが、同じでしょと一括りにするのは乱暴ですよね。そのあたりの違いを読み取るのが大事になってきます。
もっとも、プロ棋士の技量は凄まじいので、細いロープの上を難なく綱渡り、なんてことが普通にできますが……。
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