いやー、勉強になったわぁ。
2021(令和3)年4月18日放送のNHK杯、宮本広志五段の三間飛車穴熊 vs 出口若武五段の居飛車穴熊。今回の記事では、この一戦で気になった局面をピックアップし、考察します。
桂香回収から馬が自陣に戻ってくる理想的な展開
まず個人的に気になったのが、↓の局面。角交換になってから、しばらく進んだところです。
いま、出口五段が△8八角と打ち込んだところです。狙いは明快で、△9九角成と香車を取り、△3六香で飛車・金の串刺し。それを防ぐのは難しいと判断したか、宮本五段は▲7二角~▲6三角成と攻め合います。
が、この局面、一回▲9八香と逃げておくのはダメでしょうか。
いや、△9九角成とされて香車は助からないです。しかし、9八の地点で香車を取らせれば馬の筋がズレるので、後に△7七馬とダイレクトで桂馬を取られることがありません。
穴熊戦の一つのセオリーは、「桂香を拾って、それを使い穴熊の金銀を攻める」です。別の言い方をすると、桂香の小駒が金銀に替われば成功。ですから、桂香の回収を遅らせる手(本局でいえば▲9八香や▲8五桂)が有効になりそうなら、そう指したいですね。
△8八角の後は、△9九角成~△7七馬~△4四馬という順が実現しました。↓図から、▲4四銀成△同馬という進行です。
角で桂香を回収し、作った馬を最後に自陣に引っ張ってくる。これは居飛車にかなり都合が良く、振り飛車としては避けたかったかなと。
△3三飛の自陣飛車で陣形が引き締まった
さて、本局でもっとも印象に残ったシーンを振り返ります。
↓図は終盤戦の入口あたり。いま、宮本五段が▲8二飛と打ちおろしたところ。次に▲3二歩を狙っていますね。
振り飛車側は、5~3筋にかけて歩が使えるのが大きいですね。居飛車が何か受けても、小技が続きそうです。このままだと、一方的に居飛車が受けに回らされる展開になりそうだなぁ……と思っていたところ、出口五段が繰り出した手は、
おお~△3三飛!
これはいい感触だ!
6三馬取りの先手を取りつつ、自陣に一枚足して守備力を強化。また、「2二銀・3一金」と「4四馬・3四金」が上下に分裂している感があったのですが、この△3三飛は、それらをうまく連結させています。この自陣飛車で、居飛車穴熊が一気に引き締まりました。
この△3三飛、相当見えづらい手だと思う(特にアマチュアには)のですが、指されてみれば違和感はないですね。
というのもこの局面、振り飛車穴熊がめっちゃ堅いので、敵陣に単騎の飛車を打ち込んでも、攻めの効果はほとんどありません。また、すでに敵陣の桂香は回収済み。
敵陣に打ち込んでも意味がない → じゃあ自陣に使おう、という発想になるわけです。
いや、言われれば「なるほど」と思いますが、実戦では自陣飛車を打てる人がどれだけいるか? 「飛車は敵陣に打ち込んで攻めに使う」が相場だからです。これは勉強になりました。
△3三飛の前までは、形勢は振り飛車持ちかなぁ~と思っていたのですが、この手で居飛車よしに鞍替えした私です。
相手の攻めを軽くかわして馬が絶好の位置へ 居飛車大優勢に
さて△3三飛の局面。
とりあえず6三の馬取りを防がないといけませんが、▲8一馬と桂馬を取りながら逃げるのはダメですね。大事な馬が僻地に行ってしまい、以下△5七歩成くらいで勝てないでしょう(↓図)。
というわけで宮本五段、△3三飛に対し、少しひねって▲4三歩△同馬▲5四歩としました(↓図)。
しかし、出口五段は切り返します。↑図から△5七歩成▲5三歩成△6五馬(↓図)。このタイミングで守りから攻めにシフトチェンジしたのが好手順でした。
うーん、もうこれは振り飛車勝てない形ですね。6五馬・5七との位置が絶好すぎ。事実上、ここで勝負が決したと思います。
自陣飛車△3三飛への応手はどうすべきだった?
△3三飛の自陣飛車に対して、宮本五段は▲4三歩~▲5四歩と指しましたが、どうも微妙だったようです。代えて、振り飛車はどうすべきだったか?
なかなかうまい手が思い浮かばず、私もさんざん悩んだのですが、▲7三歩成くらいでしょうか(↓図)。
この▲7三歩成に対し、居飛車はどう指すか? ①△7三同桂か②△5七歩成くらいだと思います。
きわどいタイミングで▲3二歩を入れて馬を助ける
まず①△7三同桂ですが、このタイミングで▲3二歩を打ちます(↓図)。
▲3二歩に△同金と取ってくれれば、そこで▲4一馬と入ることができます。これは次に▲3二馬を狙った先手。以下△3一金で難しいですが、居飛車としては、逆先を取られるこの順は気が進まないでしょう。
ですので▲3二歩には△同飛でしょうが、▲同飛成△同金と進めば、ひとまず馬取りが消えて、振り飛車は一息つける感じです。
もたれておいて▲4九香や▲6四馬を含みに頑張る
▲7三歩成に対して②△5七歩成の場合ですが、これは▲8一飛成と桂馬を取っておきます(↓図)。
↑図以下、△4七銀や△4六桂、△3六歩などの攻めがあり、振り飛車が少々苦しそう。が、▲4九香と打つ手や、▲6四馬(=自陣・敵陣両方に利かす攻防手)が水面下で残っているので、居飛車も下手な手は指せません。それなりに粘れる形だと思います。
近年減少傾向(?)の相穴熊が観られて楽しかった
考察は以上です。この後も、出口五段が堅実な手を重ねて快勝。いろいろ勉強になる一局でした。
令和の現代、AIの影響もあって、かつて「堅いのが正義」だった価値観は、「堅さよりもバランス」という風潮にシフトしています。その意味で、相穴熊の将棋は現れにくくなっていると思うのですが、アマチュアではまだまだある形。それが観られたのは、非常に楽しかったですね。
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